私はデザインが出来ない。

なんでも出来る器用な人はスーパーマン、重宝される。
しかし、とことん使い倒され、使い捨てられる。
でも、こだわるのが好きだから、そういう立場に甘んじる。

器用貧乏という言葉がある。

世の中の偉い人、政治家、社長さん、お金持ちは器用になんでもこなさない。
ああだ、こうだ、議論、意見をし、指示をするだけだ。
偉い人は現場にはいない。

それが経営(運営)の本質なのだろう。

私の求めるアイデア、デザインのものを作って欲しいという相談が多いが、そのアイデアも、デザインの好みも主観的なものだから、どっぷり共感できるわけではない。納得するまで付き合っていたら無制限に時間がかかる。その時間こそが、コスト(ロス)となる。

よく、労働時間を考えたら自分の時給などバイト以下という人がいる。
嘆きとも、自己満足とも聞こえる言葉だ。それを良しとしないのであれば直ちにやめるべきだが、大抵はその状況がまんざらでもなさそうでこんなに仕事をしてる自分に陶酔しているように映る。

私は、デザインが嫌いではない、独学で三流だが出来ないことはない。
しかし、他人のアイデアやデザインの嗜好には付き合わないと悟った。

出来ます。

から

私はデザインが出来ません。
他の方に相談してください。

に変えた。

出来ません。(能力がありません。)

と胸を張って言うことで、楽になった。

これからも、デザインが出来ない人でいよう。

私にはデザインセンスがありません。
そこに無制限の時間をかけるゆとりがありません。

便利屋とはなんでもやるがなんでもプロではない人のことだ。
狭い、何かに特化した不器用長者を目指そう。

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