果報は寝て待て

会社の歴は長いが、コロナ、それ以前から仕事が崩壊し、いいおっさんになって全部やり直しになった。

ごあいさつ

これを書いたのがほぼ1年前で、全てのサービスはこの1年で作ったことになる。

釣れない釣りをしている感覚なので、成功したとはとてもいえず、アクセスも少ないが、1年でこれだけやれるのである。

よくSEO対策もしてくれますか

という相談を受けるが、正直、SEOなどくそくらえなのである。
SEOは日々の運営、更新をする者しか出来ない。放置でウハウハなんてない。

そんな言葉や、それをビジネスにしている会社、コンサルタントもどきが大勢いるが、そんな事が確実に出来るなら仕事なんか受けなくていいのである。そのスキルを使って自分で生かせばウハウハなのだから。そうじゃない時点でインチキ、決して成功していなのだ。SNSで宣伝しまくりのコンサル然り。

結局は中身のしっかりしたサイトでないと効果は出ない。

1年、運営を頑張ってみて欲しい。

それでやっと何かの形が生まれる。

検索上位表示されなくても
アクセスが低くても

サイトの内容がしっかりしていて、ここで扱っている決済の仕組みを取り入れれば、何かの成果が表れる。

こんなサービスをみかけたが、手数料は15%、その他にも売上金の振込手数料300円/1回ものお金がかかるという。
https://codoc.jp/

手数料は3.6%で自力で導入できるのにだ。
こういうものもSEO業者も情報弱者をターゲットにしているに過ぎない。

1年経過し、コンテンツも充実し、はじめて少しはまともなサイトといえる状態になる。

それを、何もせずに、検索上位表示だけ目指しても、そんなスカスカの内容に誰も飛びつかない。
Googleも飛びつかない。

この仕事の醍醐味は釣りである。

寝てて起きたら釣れてた(売れてた)

そんな事はめったにないが、なんとか波乱の2020を乗り切った私は

「果報は寝て待て」

という言葉に想いを噛みしめて2021年を迎えようとおもう。

「果報は寝て待て」=「棚から牡丹餅(たなからぼたもち)」ではない。

あせることなく気長に良い知らせを待つという意味らしい。
たゆまぬ努力を続けるという意味で、「果報は練て待て(かほうはねてまて)」と書くことも古くにはあったようだ。

「果報は寝て待て」は、幸運はゆっくり待つのがよいというポジティブな意味として捉えることもできるが、一方で、運というものは人の力ではどうすることもできないのだから、あせっても仕方がないというような、定められた運命を受け入れる様子を表すのにも使う。いずれにせよ、自分ではコントロールできないことが多い、人生を歩むための人生訓だ。

例文:

やるべきことはやったのだから、果報は寝て待てで、あとはただ結果を待つのみだ
今はつらい状況だが、果報は寝て待てというとおり、そのうちいいことがあると信じることにしよう

サイトは放置せず1年もやれば育ちます。

あとは「果報は寝て待て」の境地のみ。
情報強者だけがここを見つけてくれればそれでいい。

それではみなさん、おやすみなさい・・・

Follow me!